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アンソン寺院

史実⁉ 伝説⁉ 島に伝わるPhi Yen夫人の悲劇

コンソン島の町の端にあるこの美しい寺院
寺院でありながらコロニアル風になっているその美しい外観も魅力ながら
ここにはコンダオに伝わるある女性の民話が残されています
歴史文化遺跡にも指定されているこの小さな寺院の魅力をご紹介いたします

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ジアロン皇帝の妃 Phi Yen夫人の物語

グエン・アンとコンダオの伝説

アンソン寺院に祀られているPhi Yen夫人とは、のちにグエン朝の初代皇帝ジアロンとして即位するグエン・アンの妃の一人です。
16~18世紀、ベトナム南部を独自に支配していた広南国の末裔とされるのがグエン・アンです。都ハノイとは別にルーツのある中部フエで独自の政権を握っていたとされる広南国ですがその悪政から内乱が発生し、首謀者のタイソン(西山)軍に政権を握られ、身を追われたグエン・アンは1783年、妻子と家来とともにコンダオに避難したとされています。 そのグエン・アンがライバルのタイソン軍を打倒し、1802年にグエン朝を成立させるにあたってコンダオの物語が生まれることとなります。

Phi Yen夫人の悲劇

1783年、タイソン軍に敗れたグエン・アンは、妻子と家来とともにコンダオへ避難し地元の人々とともに村を築いたとされています。フランス人宣教師ピニョーとつながりがあったグエン・アンはフランスに軍事援助を求めて、タイソン軍の打倒を画策します。(実際にグエン・アンはフランスと条約を結び、コンダオやダナンなどの沿岸部の一部を割譲することを条件にフランスの援助をもとにベトナムの南北を制圧し、グエン朝を成立させました。皮肉なことにこれがのちの長きにわたるフランス支配につながることになります。)
これに反対したのが妻のPhi Yen(フィーイェン)でした。自国の内乱は自国内で解決すべきと訴えるPhi Yenに対して王は敵と首謀しているのではないかと疑い、実の妻を処刑するところでしたが、家来の説得もありコンダオ諸島の無人島の洞窟に幽閉されることとなります。Phi Yenはこの洞窟で妃に仕えていた白猿とともに生き延びることになります。
グエン・アンがいざ島を離れる際、フィーイェンとの間の一人息子であるカイ王子は母親を探して泣き叫び、これに激怒した王は息子を海に突き落とし殺してしまいます。カイ王子には従順な黒虎が使えており、黒虎が必至に救助を試みるもむなしく潮が引いたときに王子は遺体として見つかりました。村人と黒虎は王子を引き上げ、島の中に祠を立て王子を祀りました。黒虎は悲しみに暮れ、島で食料を探してお墓に供えていました。
ある日、森の中で黒虎と白猿が出合います。言葉は通じないながら白猿は何とかして黒虎をPhi Yenのもとへ連れて行きます。そしてついにPhi Yenは黒虎の背に乗って無人島を脱出することになります。村に戻ったPhi Yenは村人の協力も得ながら王子の祠に案内され、お墓の近くに家を建てて王子を守りながら暮らすことになりました。

王に捨てられ幽閉されていたとはいえ、その美貌は広く知られていたPhi Yen妃。ある夜、村の宴で地元の司祭から求婚を迫られ、悲劇が起こります。捨てられたとはいえ王の妃であることには変わりなく、彼女は純潔を貫くためこの出来事の後自ら命を絶ったとされています。1785年旧暦の10月18日と正確な日付まで言い伝えられています。村人たちはこの悲しみから、Phi Yenを祀る寺院を建て、これがアンソン寺院の起源とされています。

現在のアンソン寺院

史実⁉ 伝説⁉

グエン朝初代皇帝ジアロン(グエン・アン)はコンダオに来ていたのでしょうか?コンダオの地元とベトナム人の中に色濃く残る上記の物語ですが、史実と断定されたわけではない点が民話・伝承と絡んでよりロマンチックな魅力を増しています。
グエン朝の年代記には王朝成立前、タイソン軍に追われていた時期にグエン・アンがコンダオに逃れたという記述が残っているそうです。多くの歴史書にあるように、タイソン軍に追われる中でグエン・アンがフーコックをはじめとする離島に幾度となく身を隠し、その中にコンダオも含まれていたのは想像に難くないでしょう。
一方で、グエン・アンには何人もの妻子がいましたが歴史の記述の中にPhi YenやLê Thị Răm(Phi Yenの本名とされる)の記載はないとされています。(物語の中で絶縁状態になったので、その後成立したグエン朝の歴史に残されていないのは当然の流れかもしれません) また、グエン・アンが幾度となく身を追われて避難した際に妻子を同行させたという記述も残されていないそうです。
日本では近世・江戸時代の享保/寛政/天保年間くらいの時期にあたり、何千年も昔のお話ではないのに、しかもグエン朝初代皇帝ジアロンという重要人物にまつわるヒストリーなのにはっきりしない点が、より人々の興味を引き立てているのかもしれません。
類似の民話は他にもコンダオに多く受け継がれ、多くはコンダオの雄大な自然に由来するもの、監獄だった時代に愛国心や敵国への憎しみに関連して人々の心に刻まれているものなど、コンダオの環境や歴史がその文化形成に大きく関与しています。
"信じるか信じないかはあなた次第" ですが、物語として地元の人々に受け継がれ美しい寺院と一緒に守られているのが何とも素敵ですね。

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