胡朝の城塞
わずか7年しか続かなかった王朝の城壁がなぜ世界遺産⁉
世界遺産や観光地としての特徴、遺跡群を楽しむツアーまで魅力をたっぷりご紹介いたします!
世界遺産の概要
ベトナム観光の聖地といえるハロン湾
ガイドブックに必ず載ってるきらめくホイアン旧市街のランタン
ハノイのタンロンやフエの王宮のようなかつての時代の中心地
数あるベトナムの世界遺産の中でおそらく一番知られていなく観光客の優先順位も低い世界遺産
『胡朝の城塞』
ベトナム好きなそこのあなた!
べつに行かなくてもいいかもしれない
でも知れば意外と行きたくなるかも!?
ガイドブックに必ず載ってるきらめくホイアン旧市街のランタン
ハノイのタンロンやフエの王宮のようなかつての時代の中心地
数あるベトナムの世界遺産の中でおそらく一番知られていなく観光客の優先順位も低い世界遺産
『胡朝の城塞』
ベトナム好きなそこのあなた!
べつに行かなくてもいいかもしれない
でも知れば意外と行きたくなるかも!?
胡朝の城塞とは
-
ベトナム北部タインホア省、ハノイから南に200キロほど、車で約3時間弱の場所に位置する『胡朝の城塞』は2011年ベトナム7番目の世界遺産として登録されたかつての城塞跡。1400年にベトナムに成立した胡朝の都として防御に適した地理的条件と風水に基づいてこの地に都が建設されましたが、中国・明との対立で成立からわずか7年で王朝は滅びることとなります。現在は当時の城塞の外壁と南をメインゲートとした東西南北4つの門が現存しており、城壁内はのどかな田園風景となっております。現在はタインホア省主導で考古学調査や遺跡の発掘が進められ、保存や登録拡大計画とともに、城塞横のミュージアムではかつての遺物の展示等も見学可能です。観光の所要時間はおよそ1時間強とそれほど規模も大きくなく、入場料40,000VND(2026年現在)というのも国内の世界遺産では最安の観光地です。
どんな世界遺産?登録基準を解説!
10の項目が設けられている世界遺産の登録基準で、『胡朝の城塞』に認められている登録基準は(ⅱ)と(ⅳ)の2つ。文化遺産に分類されます。登録基準(ⅱ)は、「建築、科学技術、記念碑、都市計画、景観設計の発展に重要な影響を与えた、ある期間にわたる価値観の交流又はある文化圏内での価値観の交流を示すものである」と定義づけられています。登録基準(ⅳ)は、「歴史上の重要な段階を物語る建築物、その集合体、科学技術の集合体、あるいは景観を代表する顕著な見本である」遺産に適用されます。
-
登録基準ⅱ
ベトナムのタインホア省ヴィンロク県マー川とブオイ川に挟まれた景勝地に位置し、風水に基づいて設計された城塞には14世紀後半から15世紀初頭にかけての王権の象徴として中国の儒教の影響が見られます。 また、技術面における建築様式の新たな発展を示し、大きな石灰岩のブロックで造られた内城は東アジアおよび東南アジアの文脈における建築技術の新たな発展と風水に基づく都市計画の適用を示しています。自然環境を最大限に活用し、その建造物や景観にベトナムおよび東アジア・東南アジア特有の要素を取り入れることで、仏教文化が主流であった時代に儒教哲学を取り入れて新たな王権の概念を示すとともに、中央集権的な帝都(タンロン・現ハノイ)との差別化のために空間管理と建築要素が用いられていることを示しています。
-
登録基準ⅳ
この城塞は1398年から1407年までベトナムの首都であり、実用的な新儒教の隆盛を示すとともに景観の中に佇む建築群の傑出した例とされています。当時、新儒教は東アジア全域に広がり、この地域の政治に大きな哲学的影響を与えていました。大きな石材の使用は新儒教国家の組織力の高さを物語っています。16世紀から18世紀にかけてはベトナム中北部の政治、経済、文化の中心地であったこの都市は、それまでの伝統的な王権と仏教的価値観ではなく、技術・商業・中央集権的な行政といった新たな潮流に取って代わられた、ベトナムおよび東南アジアの歴史における重要な時期を他に類を見ない形で証言している点が評価されています。
胡朝の歴史と治世
城塞が最初に建設されたのは1397年とされています。966年以来北ベトナムに独立王朝が成立し、最初に都がおかれたのはニンビン省にある古都・ホアルーでした。その後現在のハノイであるタンロンに都が移され国が大きく安定したのが1225年に成立した陳朝の時代。度重なるモンゴル軍の襲撃を退け、仏教文化を用いて国政を安定させた関連遺産が2025年にイェントゥ遺跡・景観群として世界遺産されています。しかし陳朝の安定も長くは続かず。長女を行程の妃として嫁がせたレ・クイ・リーに実権を握られます。
-
そしてついには王を殺害しクーデターをおこして始まったのが"胡朝"です。レ・クイ・リーは自らをホー・クイ・リーと改めて王位につき、首都をタンロンから戦略的防御に適したタインホアに移します。この時代中部で隆盛を誇ったチャム族へ対抗するため政治拠点を近づけたかったという狙いもあるようです。陳朝末期の腐敗をただすために首都を移し、貴族制度の廃止や科挙の導入で優秀な人材を積極的に登用したり、陳朝の時代に導入されたベトナム独自の文字であるチュノムの推奨など積極的な改革を行う一方で、粛清を繰り返したために大衆の反感を受けて王位を息子に譲り自らは上皇になりました。しかし実権は以前としてホー・クイ・リーが握っていたとされています。 そんな中で1406年、陳朝の復興を主張・支援した中国の明と対立し永楽帝はベトナム出兵します。これに最後まで抵抗した胡朝でしたが翌1407年に滅ぼされ、胡朝は成立からわずか7年で歴史に幕を閉じました。ホー・クイ・リーの没年はっきりとしておらず、王朝滅亡後は明の官僚として仕えたなど諸説あります。
観光的魅力
ここを見ろ!
観光に行く際の楽しみ方をいくつかご紹介いたします。
-
①巨石の城塞建築
一番の魅力は現存する城壁と城門の建築。巧に加工された巨石は10∼26トンにもおよび、接着剤を一切使わずに強固に積み上げられています。南を正門として東西南北四方に4つの門が構えられ現存しています。そこで疑問なのがこの巨石をどうやって積み上げたのか?古代の建築家たちは石を切り出してから丸太を使い、レールとして軌道を安定させたりローラーやてこの原理を用いてこの場所まで運んできたことが調査からわかっています。城壁の積み上げに際しては周囲に土をもって傾斜を作り、高い位置まで10トンを超える石材をもち上げたようです。また、城壁建築には巨石が用いられていますが、崩壊を繰り返したため後に下部を石材、上部をレンガ積みに改められ、城塞建設用にレンガ製造が命じられた記録が大越史に残されています。そのほか遺跡中心部にはいずれの時代もベトナムの象徴である龍のオブジェが残されており、胴体だけしか残されていないものの、胡朝の遺跡において発見された唯一の石造りの龍とされています。
-
②何もない...それがいい!?
立派な城門をくぐると内部には王城が...ない...むしろ何もない...
現存しているのは四方を囲む城壁のみで600年の歴史の中で内部構造はなくなってしまいました。多くの遺構が地下に眠っているとされていますが、今は内部は田んぼと畑。これだけ何もない世界遺産は他にはありません。しかしそれこそが胡朝の城塞のロマン。写真だけではこれが世界遺産だなんて信じる人はいないかもしれませんが、その価値を知る人ぞ知るベトナムのマニアック世界遺産です。とはいえかつての遺跡と遠目には防御に適した岩山。2つの川に囲まれ内部に村落が発展したベトナムらしい原風景は、歴史的価値と相まって風光明媚な景観を生み出します。
-
③ミュージアムでは多くの遺物が!
城塞の正門である南門の横にはミュージアムが併設されておりこちらも入場料に含まれております。積極的な改革を行い後世に影響を残したホー・クイ・リー。軍事史でも革命的な転換期となった胡朝において、紙幣の改革や大砲の製造、造船技術など代表的な功績にまつわる出土品がミュージアム内に多数展示されています。しかし日本語表記はもちろんあるわけがなく、英語解説も部分的でベトナム語がメイン。今後の展示の充実をタインホア省に期待します。
-
④お寺に隠された悲しいストーリー
城壁の東側にポツンと佇む小さなお寺。ここにはビンクオンという女性が祀られています。
胡朝を樹立したホー・クイ・リーはこの地に急ピッチで城塞を建築するために東西南北それぞれに監督者を任命して要塞の建築を急ぎました。東側に任命されたのはチャン・コン・シー(Tran Cong Sy)、その妻がビンクオンでした。しかし城壁建設に際して東側だけが崩落を繰り返し工期に遅れが出ます。*後に東側の城壁の下に水源があり地盤が弱いことが判明* これを反乱を企んで建設をわざと遅らせていると疑った王様 ホー・クイ・リーはチャン・コン・シーを東壁に生き埋めにして処刑します。その知らせを聞いた妻のビン・クオンは悲しみに暮れ、抗議の意も込めて自らの頭を岩に打ち付け命を落します。その悲劇から村民がビンクオンを供養し祀ったものがこちらのビンクオン廟。お寺の奥に小さな祠があり、その中にビンクオンが頭を打ち付けたとされる岩が祀られ、両手と頭の形にくぼんだ岩に参拝者は頭を当てて祈りを捧げます。
-
⑤ナムジャオ祭壇
城塞から南に2キロほどの場所に小高い丘と遺跡があります。こちらは政治において祈りがささげられた宗教施設。1402年にホー・クイ・リーの王位を継承した次男が建設したとされており、約2haの広大なエリアでエネルギーを感じられるパワースポットです。世界遺産ではないもののタインホア省の省級史跡に登録されており、胡朝の城塞の価値と歴史的深みを補足する遺跡として発掘が盛んにおこなわれ、将来的な世界遺産への追加登録が目指されています。
世界遺産を楽しむおすすめツアー
ハノイから南200キロ弱。アクセスが悪いとは言えそこまで気合を入れずとも車で3時間ほどのドライブでたどり着きます。それほど広大な世界遺産でもなく、永遠に眺めていられるというわけではないので観光時間は1~長くて2時間程度。往復ドライブ時間が5時間以上かかるのに実際の観光は1時間ちょいとなるとちょっともったいない感じもします。 そこでおすすめなのがニンビンとのコンビネーションツアー。タインホアとは言え、ニンビン省との省境に位置する胡朝の城塞は同じく世界遺産のチャンアンの景観関連遺産と隣どうしの位置関係。李朝の都として整備されたホアルーと同じく、やはりこのエリアが都を置くには理にかなっているのでしょうか。車で1時間かからず移動できるので、1日に2つの世界遺産を周れる欲張りツアーも実現可能で、せっかく行くなら2つ行っちゃった方が確実に効率的になります。