STWは出版社をグループ会社に持っている。手掛けているのは、ダイビングとサーフィンの2種類の専門雑誌と不定期刊行のムック本。出版不況といわれる近年、旅行会社がなぜ雑誌を刊行するに至ったのか。サーフィン情報誌の発行人であり、海を楽しむツアーを数々企画してきた木下晃尚が出版事業の狙いを語る。
2004年中途入社。前職は商社マン。出版事業に加え、海外の新規コンテンツ開発にも携わる。
木下 「不思議かもしれませんが、答えはシンプルです。より多くの人に海の楽しさを伝えたかったからです」
STWは、モルディブを観光地として日本に初めて紹介した旅行会社だ。今も先駆者特権として、世界のビーチリゾートと優先契約を結ぶなど、「海」の旅行に強みを持っている。サーフィンやダイビングなど海を楽しむためのオプショナルツアーも豊富に企画してきた。
木下 「海好きな社員が現地を何度も訪れ、波や風向きや天候など細かく調べてつくったツアーは、体験してもらえれば絶対に楽しんでもらえる自信がありました。その一方で、課題に感じていたのが新規顧客の獲得です」
STWのツアーを知って問い合わせをしてくれる層だけにアプローチを続けていてもビジネスは拡大できない。海は好きだが、STWまで辿り着いていない「潜在顧客」に訴えかけるツールが必要だった。情報発信ツールには自社HPや自社SNSなどがあるが、どちらを用いても既にSTWを知っている層がメインとなってしまう。
そこで目をつけたのが雑誌だった。
雑誌は、細かなターゲティングにより読者の年齢・性別・趣味・嗜好などが定まっている。特に専門性が高い情報誌であれば、届けたい層へダイレクトに情報を発信することができるうえ、何度も読み返してもらえる確率が高く、印象に残りやすいというメリットがあった。
木下 「2013年から出版事業をスタートさせ、ダイビングの情報誌が刊行されました。世界各国のダイビングスポットを紹介する特集を組むと、『こんな綺麗な海に潜ってみたい』と思った読者から、雑誌の広告経由で問い合わせが入るようになったんです」
新たな楽しさを伝えるツールとして雑誌が機能し始めた矢先、木下のもとにある悲しい報せが入る。
木下 「サーファーなら誰もが知る『サーフィンライフ(SURFIN' LIFE)』という雑誌が、出版元企業の破産によって休刊になってしまったんです。20歳からの愛読書であり、STWに転職するきっかけの雑誌でもあったので、非常に残念でした」
実は木下は元大手商社マン。アジアから仕入れたプラスチック原料を日本に輸入する仕事を7年間行っており、海外を飛び回っていた。多忙ながらも週1日は必ずサーフィンに出かけ、手元にはいつも『サーフィンライフ(SURFIN' LIFE)』があった。
31歳のある日、ページをめくると目に入ったのがSTWの求人広告である。
“サーフトリップ事業立ち上げにつき、サーフィン好きの新規スタッフ募集中“。
サーフィンを仕事にできる、とワクワクした。 大手商社の順調なキャリアを捨てて、STWへ転職することに迷いは一切なかったという。
木下 「好きなことをしている方が人生いいじゃないですか。STWに転職後は、バリ、スリランカ、モルディブ、ハワイ、プーケット、台湾など、定番からニッチまであらゆるサーフィンスポットを視察し、ツアー企画を行なっていました。年収は下がりましたけど、STWでの仕事の方がずっと楽しかったです」
好きなことを仕事にするきっかけをくれた雑誌の休刊をなんとか食い止めたい。
木下はすぐに出版元の会社に連絡した。
木下 「残念ながら倒産は待ったなしでしたが、『サーフィンライフ(SURFIN' LIFE)』の出版権が売りに出されるという情報を得たんです。これは買うしかない」
1980年に創刊されて以降、多くのサーファーから支持されてきた『サーフィンライフ(SURFIN' LIFE)』には、高い権威性やブランド力があった。雑誌への信頼度は、掲載される広告の説得力に大きく影響する。ツアーの知名度が高くなくとも、説得力のある訴求が見込めるため、STWとしてもビジネス的に十分なメリットがあった。
無事に出版権を手に入れた木下は、人脈を使って編集者やライター、営業をスカウトする。 復刊を目指し、プロジェクトが動き出した。
ターゲット読者として設定したのは、都内在住の40代。第二次サーフィンブームからサーフィンを始めたが、子育てや仕事によって忙しく、サーフィンに行けるのは週末だけ。自然と近場のサーフスポットを選び、海外に行くことはほとんどない。
そんな週末サーファーたちに、「もう一度サーフィンを真剣に楽しみたい」とワクワクさせるような雑誌を目指した。
木下 「『サーフィンライフ(SURFIN' LIFE)』の復刊とともに、サーフィンへの気持ちも復活させたかったんです。サーフィンと雑誌を愛するスタッフが集まって、どんな企画が刺さるのだろう?と考えるのが一番楽しい時間でした」
サーファーとダイバーでは、響くコンテンツが異なる。
ダイバーは、色々な海を見たいという欲求から、「サメに会いたい! おすすめダイビングエリア」や「一人旅で楽しめる!気分が上がるスポット」など、ダイビングスポット企画がよく読まれる。
一方、サーファーは、技術的に向上したいという欲求から、「必修ターン!カットバックのすべて」や「波待ちテイクオフから横に走ってトップアクションまで」など、ハウツー企画の受けが良い。
老舗雑誌の伝統を守りつつ、新たに刊行する以上、より面白く刺さる雑誌にしたい。
木下たちは何度も会議を重ねた。
そして半年後の2017年4月、ついに『サーフィンライフ(SURFIN' LIFE)』の復活第1号が出版される。
木下 「開店と同時に本屋に行って、ずっと雑誌コーナーを見ていました。初めて手に取ってくれた男性を見た瞬間は飛び上がるくらい嬉しくて。レジに並んだ彼に話しかけたかったくらいです」
『サーフィンライフ(SURFIN' LIFE)』は、現在もサーフィンの楽しさを伝え続けている。
木下 「この雑誌でサーフィンのテクニックを磨き、自信を持って世界各国の波を存分に楽しんでほしいんです」
サーフィンやダイビングなどを楽しめれば、海はもっと面白くなる。STWは、どの海に行くかではなく、どう楽しむかを売る会社。出版事業を始めたことで、より幅広い層に海の楽しさを伝えられるようになった。
旅をつくり提供する会社は、世界の楽しみ方も伝える存在でなければならない。旅行会社とは無関係に思える出版事業のスタートには、STWの原点の想いが込められていた。