旅行の満足度を大きく左右するのが現地での「移動」だ。どれほど大自然や世界遺産を見て感動体験をしたとしても、毎日10時間以上も大型バスに揺られ続けるとしたら、お客様はその旅をどう振り返るだろうか。移動にこだわり、旅をもっと便利で自由にするための【点と線を新たな発想でつなぐプロジェクト】について語る。
代表取締役社長
2012年中途入社。アジアセクションにて販売・商品企画を担当。「旅の学校」の企画運営にも携わる。
「移動」が大きな課題となるのが世界で7番目に広い国、インドである。
広大なインドを周遊するツアーでは、大型観光バスが主に使われているが、都市間の移動に5〜7時間かかるのは当たり前。そのため長時間移動による疲労や、観光バスのCO2排出による環境への悪影響など、大きな問題が存在していた。
では、なぜ各旅行会社は都市間移動に飛行機を利用しないのか。現地に拠点が無いからである。インドに日本人スタッフや日本語対応ができる現地社員がいないため、日本人観光客向けの対応ができないのだ。
しかも、インドの国内線は頻繁に遅れる。30分遅れは当然、2時間遅れもしばしば。定員に満たない便は、直前キャンセルになってしまうことさえある。現地に拠点が無いとそうした突発トラブルにも対応ができない。
そのため、各旅行会社は現地企業と契約して大型観光バスを手配するのだが、残念ながらその移動はブラックボックス化していた。
鹿島 「20年前は、観光バスの運行費用を旅行会社ではなく、現地の土産物屋が負担することもありました。そのため、宝石店や大理石屋などへ必ず立ち寄る“不自然な行程”のツアーが至る所で散見されました。悪質な場合は、店に鍵をかけて、ツアー客が高額商品を購入するまで出さないことも…」
そんな悪質なケースを黙認する旅行会社は少なくなかった。バスの費用を負担させることで、ツアー価格を格安に抑えることができたからだ。
さらに悪いことに、現地ガイドが小遣い稼ぎのために、コミッションをもらえる店に観光客を案内してしまうケースもある。多くの旅行会社が、ツアー予約に合わせて現地ガイドと契約するため、ガイドの質はピンキリ。ツアー価格を下げるため、契約料金の安いガイドを使うと危険性はさらに増してしまう。
鹿島 「そうした旅行会社の悪しき慣習に振り回されたくないと思って設立したのがSTWです。私たちがインド周遊ツアーを企画するなら、①長すぎる移動によるお客様の身体的・精神的負担、②不要なCO2排出、③不自然な土産物屋巡り、④悪質なガイドといったすべての問題を解消しなければいけないと思いました。その解決策が、【点と線を新たな発想でつなぐプロジェクト】です」
点とは「観光スポット」、線とは「公共交通機関」を指す。つまり、【点と線を新たな発想でつなぐプロジェクト】とは、観光スポットを公共交通機関を駆使して効率的に周り、最小の負担で最大の感動を実現するツアーをつくることだった。
インドは、「鉄道・バス大国」で、全土に細かく路線が張り巡らされている。その膨大な路線をうまく活用すれば、渋滞が多発する都市部でもスムーズに移動ができ、相当な時間短縮が期待できた。既存の公共交通機関を使用するため、新たに観光バスを走らせる必要がなく、不要なCO2排出も防ぐことができる。
重要なのは、公共交通機関の組み合わせである。
宮下 「ルートの効率性、費用、待ち時間、安全性などたくさんの要素を考慮して、ベストな組み合わせを選定する必要がありました。無数のピースのパズルを解いているかのような果てしない作業です」
注目したのが、インド最高速列車「ガティマン・エクスプレス」。2016年に運行開始した時速160kmの列車は、通常5時間かかるデリー→アグラ間の移動をわずか100分の快適なひとときに短縮した。
これを使えば、朝8時10分発で9時50分に到着、アグラ城やタージマハルを存分に観光できる。
しかし、ここで問題となったのが、公共交通機関を旅行者だけで利用することの是非だった。
旅行者がバスや列車まで辿り着けなかったとしたら、行程が破綻してしまう。
どうにか安心・安全に公共交通機関を利用できるようにしなければならない。
この問題を解決し、さらには
③不自然な土産物屋巡り
④悪質なガイドの問題の解消を実現させたのが、現地支店と現地雇用というSTW独自の取り組みだった。
多くの旅行会社がフリーランスのガイドを使うなか、STWは現地支店を持ち、現地スタッフを社員として抱えている。STWインド支店には、日本のホスピタリティをしっかり身に付けた日本語堪能なスタッフが揃う。
鹿島 「デリーからガティマン・エクスプレスで出発する際は、STWの日本語堪能なインド人スタッフが座席までお客様をご案内して見送り、アグラに到着したら別のスタッフが席までお迎えにいきます。こうすることで、お客様は何の心配もなく公共交通機関を利用することができます」
重要な役割を果たす現地スタッフの雇用においてSTWが意識しているのは、意外にも業界未経験者や女性を積極的に採用することだった。
鹿島 「未経験者を求めるのは、悪質なコミッション文化に染まっていない人が欲しいから。女性を雇用するのは、男女差別が根強く残るインドで女性の地位向上に貢献したいためです。インドでの現地雇用は、宗教やカーストのハードルを乗り越えないといけないので一筋縄ではいきません。しかし、公共交通機関を駆使するには現地スタッフの協力が不可欠。
現地の電車やバスを使う戦略に他社が乗り気でないのは、現地支店の運営と雇用に手間と負担が大いにかかるからでしょう。だから安易にフリーランスのガイドを使ったり、観光バスを走らせたりする。でも私たちは20年前に利益よりも感動重視と決めました。だから凄まじい企業努力によって他社と同じ価格帯をつくり上げているんです」
プロジェクトの根幹である効率的なルート確保も、宮下の情報収集と現地スタッフのサポートにより完璧にできあがった。
宮下 「時刻表に何枚も付箋を貼って、ベストルートを探して、現地ガイドを配置して。パズルのピースがバチッとはまったときは、『社長、やっとできました!』とすぐに報告にいったくらい嬉しかったです」
旅の計画では見落とされがちな「移動」だが、その影響力は意外なほど大きい。
事実、移動を軸とした【点と線を新たな発想でつなぐプロジェクト】は、長時間移動の短縮や低価格のツアー料金の実現、顧客満足度の向上などをもたらしたほか、不要なCO2排出量削減や女性の地位向上など社会的にも意義のある取り組みである。同様の試みは、インドだけでなく、イタリアやニュージーランドでも進められている。
お客様の感動のためなら、移動にまでこだわる。やり方は利益よりも感動重視。それがSTWのプライドである。